2003-07-19(Sat) [長年日記]
■1 『The Matrix:Reloaded』@錦糸町楽天地シネマ8
『ターミネーター3』と『踊る大捜査線2』が封切られた。ergo, これらの予告編を観なくても済む。代わりにワーナー配給なので『英雄』の予告を観ることができる*1。スクリーンも小さいけれど音響のマトモなシネマ7と、に移って言うことなし。
『Enter the Matrix』後、はじめての突撃なので「あの高速道路、オレも運転したんだよなあ」とか「あの発電所もオレが破壊したんだよなあ」と感慨深い。
*1 『ラスト・サムライ』の特報もついてきちゃうんだけど。
■2 『ファシリテーション革命』 読了
ファシリテート/ファシリテーション/ファシリテーターについて、まずは概観、概要を掴みたかったので岩波アクティブ新書から。読む前に副題の「参加型の場づくりの技法」ということばからそこはかとなく端的に滲み出るサヨク/シミン/エコロジー/スピリチュアルの予感に少し警戒したのだが……果たせるかな。とはいっても、著者は地に足着いた考え方もできているので、バランスは取れているほうだろう。
導入については、フリーソフト/オープンソースのように、漂白脱臭したプラグマティックな現場適用への道はあるはずだとは思うし、もうちょっと「ビジネス」っぽい切り口からの紹介も行われているようなので、あまり心配してない。本書でも企業では「一旦、有効性が確認されれば普及は早い世界である」とされているし。とはいえ、変な流行がくるとそれはそれで誤解と妙な運用が野火のように広がって困るのだが。
それよりも、本文中でも何度か触れられているファシリテーションそもそもの限界について。ファシリテーターはあくまで場の参加者に対する「そそのかし役」なので、そもそもの参加者の主体性というか動機付けというか意識が低いところでは最初のとっかかりも難しいのだろうと予想される。ファシリテーターが来てアイスブレイク一発でなにもかもが氷解するわけでもないだろうし──
「何か変だよ」「もっと何とかできないの」と感じたなら、その違和感や衝動を大切にしよう。……自分から勇気を出しリスクを冒して一言切り出し、その場を少しでも納得できるものへと動かしていきたいものだ。
……でもやるんだよ、か。
■3 で、『ファリシテーター型リーダーの時代』を読み始める
ファシリテーションは科学であり技(アート)でもある
まだ3分の1しか読んでないのだが:
組織に属している人たちが力を合わせて、問題を解決し、計画を立案し、決定を下し、資金や人材といった資源を手に入れようとするときに必要不可欠なのが、科学であり技(アート)であるファシリテーションだ。
我われは、科学であり技(アート)であるものをもう一つ知っている。それは、プログラミングだ。プログラミングがシステムをハックするための技術だとするならば、小は会議から大は組織全体までをハックするための技術がファシリテーションなのだ。
とはいえ、人と、人が集まる場は、コンピュータと違ってこちらの要求するリクエストに対応するレスポンスを必ずしも返してくるわけではない。軽がるしく一まとめにはできないが、プログラミング(によって生み出される稼動可能なシステム)を重視するアジャイルプロセスがファシリテーションと出逢うのは必定なのかも。
邦訳のこと
原著は『The Facilitator Excellence Handbook : Helping People Work Creatively and Productively Together』と、もう少し現場寄りっぽい感じ。1998年刊行。Amazon.comでFalicitatorで引くと364件ヒットする。co.jpの洋書でも184件。邦書はまだ4件。
本書ではファシリテーターには3段階のレベルがあってそれぞれ:
- 会議のファシリテーション
- チーム活動のファシリテーション
- 組織全体のファリシテーション
となっているのだが、邦訳では「紙幅の都合もあり、第一レベルに関する記述のみを対象とした」ということで、第12章以降の目次が原著と異なる。こーゆうことってフツウなの? 「今後続編として〜」とか「訳者まえがき」にはあるけれど、期待できるかねえ。会議から始まって、組織全体をハックする、というスケールアップが面白いと思うんだけどなあ。最終部の「Managing Yourself」と「The Art of Facilitating」って、目次を見るに外せないと思うのだが。
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