Webサイトとは「つい、うっかりの存在論」である。

角谷HTML化計画

「むずかしく考えることはない」と、偉そうに葉巻を振りまわしながら、トレヴィラヌスはいった。「ガリラヤの太守がじつにみごとなサファイアを持っていることは、みんなが知っている。何者かがそれを盗むつもりで、間違ってここへ入ったんだ。ヤルモリンスキーが起きていたので、泥棒は殺さざるをえなかった。どうだね、これで?」
 「そのとおりかもしれません。しかし、おもしろくはないですね」と、レンロットは答えた。
J.L.ボルヘス『死とコンパス』(『伝奇集』収録)

2003-08-29(Fri) [長年日記]

■1 後輩の送別会に自分の送別会も便乗してもらう

新宿三丁目「ごまや」にて。1年近くを費やした修羅場プロジェクト(結局、納期遅延)で一緒に働いたメンバーを中心に、久びさに呑む。気持ちよく酔っ払ったのをいいことに、自分のことを棚に上げて色いろ偉そうなことを喋ってしまった。

伝えたかったことは、決して彼らのことがイヤになったわけではないこと。これはあくまで私じしんの選択であること。このふたつ。あとは、彼ら自身も遅かれ早かれ似たような決断を迫られることが一度ならずあるだろうということ(そのときにどういうことを考えるのか)。から、そのときの参考としてもらいたかった、というのもある。

それから、このサイトの職場への浸透率が思ったよりも高く吃驚した。まあ、ググれば一撃なのではあるが……。こうなっては、私としても読まれっぱなしも悔しいので読んでる面々のなかから一人でも、俺サイトでも日記でもウェブロでも始めてもらえると嬉しいんだけど。しかし、私も具体的な発信誘導の方略は持っていないのがもどかしいところ。「Linuxを覚えたい」と思う若者は自分サイトを自宅ADSLサーバで立ててみるというのはどうだろう。

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