Webサイトとは「つい、うっかりの存在論」である。

角谷HTML化計画

「むずかしく考えることはない」と、偉そうに葉巻を振りまわしながら、トレヴィラヌスはいった。「ガリラヤの太守がじつにみごとなサファイアを持っていることは、みんなが知っている。何者かがそれを盗むつもりで、間違ってここへ入ったんだ。ヤルモリンスキーが起きていたので、泥棒は殺さざるをえなかった。どうだね、これで?」
 「そのとおりかもしれません。しかし、おもしろくはないですね」と、レンロットは答えた。
J.L.ボルヘス『死とコンパス』(『伝奇集』収録)

2003-08-31(Sun) [長年日記]

■1 Subversionのインストールでlibneon23が無い、とエラーが出る

Subversionを使ってみようと思ったんだけど、うまくインストールできない。BTSに報告あり。解決策としては、(問題が修正されるまでは)自力でlibneon23のdeb*1をミラーから落として来て入れろ、とのこと。Subversion本家でもこの問題は認識されているみたい。

*1 <どっかのミラーサイト>/debian/pool/main/n/neon/

■2 第4章まで読了

細かいところはちょっと読み飛ばしたりしてしまったのだが、とにかく前に進みたくて。ここまでが概論。第5章がサンプルアプリケーションの要件で、残りは*1各論。簡潔──そう、この書籍は徹底して簡潔なのだ──だが要点をきっちり押さえた明快な論旨。訳文が少し読みづらいのが難点だが、総じて日本語が理解しづらいと不評の『Effective Java』よりは読み易い*2

不肖わたくし、いわゆるJ2EEによるアプリケーション開発者の末端に並ぶようになって二年弱。そのあいだ、あまり巧く行ってないとはいえ、設計や実装にあたって様ざまなことを思いをめぐらせてきた。そのほとんど総て、そしてそれ以上に広範なトピックについて、検討が加えられている。ううむ。おそるべし。『適応型ソフトウェア開発』と並ぶ、近頃の私の消化不良書籍だ。じっくり時間を取って読みたい……。

ここまで読んで、筆者の意図と方針が明確になったので、第4章までを再度振り返りつつ、第5章以降を読み進めたい。書籍の帯には「アーキテクト必携」と謳われているが、少なくとも第1, 3, 4章はフツウのJavaプログラマもきちんと目を通しておいたほうが良いと思われる。J2EE「中級者」*3になってから読むのではなく、「中級者」になるために読んでおくべき。

本書だけ、では中級者にはなれないが、ここで検討されている課題をクリアしてはじめて中級者である、という指標として考えると、現時点では最適だと思うのだが、どうか。

*1 ってそこから550頁あるのだが

*2 とはいえ、これは較べる対象として間違っているかもしれない。

*3 定義が曖昧だが、脱・初心者のレベルという意味合い。

■3 『映像記録 昭和の戦争と平和 カラーフィルムでよみがえる時代の表情』

NHKのBS1で前編/後編まとめて再放送していた。いただきものの生マトンを焼きながら観る。ウェブの各所で話題になっていたものと同じなのかな。日本編、って感じだったが。

十五年戦争の日本の記録映像といえば、モノクロ・コマ落ちという印象が強い。そこから受けるイメージは「いま・ここ」とは断絶している、といったもの。ところが、この番組で昭和十年代、二十年代の風景をカラーフィルムで観ると、当時と今とは連綿たる時の流れによって続いているのだ、ということを実感する。現状の五体満足な自分が日々認識している世界がカラーだからだろうか。普段目にする映像の多くがカラー映像だからだろうか。

この国では1931年から45年まで戦争をしていて、私はその68年後の世界に住んでいるのだなあ、という至極あたりまえの認識を感覚として掴むとでも言おうか。以前からこのことは見聞きして知っているわけだが、これまでの体験とは違う感覚。これまでの経験が「戦争をやっていた、ということを知った」経験だとすると、これは「戦争をやっていた、ということを体験した」経験*1とでも言おうか。いずれにせようまく説明できていないが、そういう感覚。

*1 「戦争を体験した」とは違う。為念。

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